2012年3月18日(日)
オーバーヒート
働き始めて1週間が経過しました、現在精神的に少々オーバーヒート気味です。正確にはその前の土曜日から忙しく動き始めてました。11日の土曜日午前、リサイクル屋さんに自宅まで来てもらい、処分出来そうなモノを全部引き取ってもらって(12,000円の“支払い”)、そのまま要らない本を適当にまとめて母の形見も含めて車に詰め込み、2時間かけて伊勢原のブックオフまで走りました(4,400円位になった)。その後、平塚に居た頃行きつけだったGSで給油、前の会社に置いてあった本棚を車に詰め込んで、スイミングスクールやキックボクシングジム、サーフショップと言った思い出の地を巡りつつ帰って来て、その日の内にサッパリした部屋に本棚を並べたりして就寝。翌日は消防団の訓練で多摩川でボートのオールを漕いだりして、国民様の税金で買ったパンやおにぎりを頂き、帰って来て訓練中に千切れてしまった足元の紐(裾がずり上がるのを防止する)を直してもらいに蒲田の洋服お直し屋さんへ。その日は疲れがどっと出て15時位に就寝。翌朝まで眠りこけてました。
さて月曜日、スーツを着て途中念の為におにぎり2個買って川崎の本社まで出向き、いざ初出勤。7時半に来る様言われていたのですが7時前に着いてしまい、近くのコインランドリーで時間を潰し、15分には着こうと(面接時、上司さん7時には来てると言っていたので)出たらちょうど良く合流出来、作業服に着替えて勤務地である大井火力発電所へGO!!月曜日から金曜日まで、万事先手先手を心掛けて駆け抜けました。金曜辺りちょっと疲れが出ましたがね。何しろ全てが始めての事、緊張していたのもあってうっかりやミスも多々ありましたが自分的にはベストを尽くしたつもりでおります。最初の週だけあって、通門証の発行、免許や技能講習修了証のコピーその他の事務手続きが色々あって1年以上も寝て過ごしていた自分には正直キツかったです。でも職場の雰囲気も明るいし、所長さんを始め皆さんいい人ばっかりなので手応えはイマイチながらやりがいは感じました。そう言えば月曜日、帰りにラーメン喰ったら途中トイレで吐いちゃいましたっけか。
火曜日は電車で出勤、17時前には上がらせてもらえたのですが、雨具を用意しろと言われめっき屋で作った定期が19日まで。コレを有効活用しようと川崎、手持ちの現金が心細かったのでちょっと迷いながらギリギリ17時55分(18時過ぎて手数料取られるのが癪)にみずほ銀行に行って10万円下ろし、そのままユニディ(ユニディカード持参しなかったのが悔やまれる仕方なかったけど)で安全雨長靴と消しゴムとボールペン買って、お直しの終わった活動服のズボンを引き取り100円ローソンでハッカ飴を大量に買い込み、18時45分頃に活動服を洗濯に出そうとしたらクリーニング屋が閉まってまして、何とか電話して開けてもらい、何と今年初の活動服クリーニング。水曜日からはマイカー通勤可となり、3日間、色んなルートで通勤しました。何しろ終業も早いけど始業も早い、どんな事にも先手で対応出来る様に7時前には詰所に入っていたかったので4時半起床、金曜日には途中のローソンでうる星やつらを買いました。通勤途上にあるとか実に助かります。でなければ余計早起きして買ってまた帰って来る羽目でした。
土日は皆さん横須賀火力でこの雨の中、外での現場作業との事だったんですが新人の俺は免除してくれて、昨日は睡眠薬の調達に定期のまだ生きてる内に鶴見の内科へ。睡眠薬の量も順次減らしてるし、交通費はかかるし時間も取れないのでココは多分コレが最後になるでしょう。そして午後は12時55分に家を出て、消防団で言われた大田区民センターでの防災講演会に出席。16時の終了後、帰りすき家に寄って飯喰って帰って来たら帰って来たでテイクアウトした3種のチーズ丼喰って寝ました。この1週間、感想としては慌しかったの一語に尽きます。万事先手を心掛けたのですが、想定外の事が多発したモノで…木曜日、ヤッパと言う合羽みたいなモノを用意するように言われ、どこで売ってるのか分からず先輩に買って来てもらったり。ありがたやありがたや、皆さんいい人ばかりでクビになったら色んな意味で洒落になりません。
これは行けるかと金曜日に寝る前のお薬を呑まずに寝たら、軽くパニック発作みたいなモノを起して3〜4時間で根を上げ結局お薬投下…起きてても良かったのですが、まぁ土曜日も用事があったので今週は仕方ありますまい。今日はこれから車検でガリバーに行って、ついでにこすったりぶつけたトコと壊れたリモコンを直してもらいます。来週は忙しくなるそうなので、今日はとにかくこの上がり過ぎているテンションを下げて落ち着いて明日を迎える様にしませんと。猛ダッシュで駆け抜けた1週間を猛ダッシュで振り返った木村でした。
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きむら
: 2012年3月18日(日) 08:50
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2012年3月17日(土)
下士官的な人間
万年下積み生活を送っている俺、現場にも出ない馬鹿社長ばかり見て来たせいで、現場で陣頭指揮に立っていた工場長、課長、係長、主任さん方の博識、仕事の手際の良さに心底憧れてました。自分が社長になれそうな(騙されましたが)時期も、俺の直接上にいた工場長の仕事の手際の良さに、いつかは自分もああなりたいと、的外れなら的外れなりに結構勉強したモノで。それまでは、直接専門分野の知識が頭に入る訳でも無く、ならと勉強したって全然分からずに全てパアになりましたがね。俺、戦争映画が好きでよく観てるんですが、将校と兵士の間に挟まれながら実戦経験から、実際の戦場で身に付けたノウハウを新兵に指導する姿が格好良くてよく憧れたモノです。俺の見て来た中間管理職って、商品知識や業界の動向に詳しく、また技術面でも知らない事が無い位物事に詳しくて、実際仕事をしても出来ない事が無い位。俺が将来なれるポジションになれたらそう言った立場に立ってみたかったです。
ボーイスカウトをやっていた頃もそうでしたが、下手に偉くなりもせず、現場で下っ端の上に直接立って色んな事を教える立場って言うのが一番自分の性に合っている気がします出来ればの話。もうなりたくてもなれないですが、あんま偉くなりたくもです正直な所、一日中デスクにふんぞり返って紙やPCを相手にしているとか。俺はやっぱり、技術的な部分で分からない事がない位、物事に詳しくて、部下を直接指導できる立場の人間がよくお似合いだと思うし、そう言う人材でいる方がよっぽど好きです。まあ就職ひとつまともに決められない俺、何人もいない職場で一生下っ端として燻ってる可能性の方がよっぽど大きいですがね万が一勤まったとしても。
たったの半年ながら、東京で営業やってた頃に主任の肩書きを持っていた事がありました。しかし部下は入っても酒でトラブってすぐ辞めるか、残っても何の役にも立たない箸にも棒にもかからないボンクラ一人。結局、俺がヒラだった頃にそうであった様に自分が独りで営業業務・果ては請求書の発行までしていたモノでしたが。まあアレはアレでテキパキ仕事こなせて気分の悪いモノでもありませんでしたし、そこいら辺を買っての出世だったんでしょうが。昔の日本の陸軍や海軍の本や、朝鮮戦争・ベトナム戦争の映画を観たり本で読んだりして下士官と言うものを見物してるんですが、みんな20代前半にして下士官のポジションを得ています。然るに俺は今年36歳で全くの無能スタート。本当に気が滅入ります。めっき屋でも明らかに年下の奴にアレコレ指図受けて、今の自分の身の程を考えると仕方の無い事ですが、俺は一体若い頃何をやって来たんだという思いでいっぱいです。今更後悔しても始まらないし、第一当時の目標が大卒で、卒業後は一生涯、自分の置かれた業界でひとかどの人物になりたいと考えていたんですがこの流転の人生、悔やんでも悔やみ切れない思いです。自業自得と言うには余りにも残酷過ぎる。
35、6でスタートしてもそれなりに使える様になるのは40前後か、俺はもう齢と取り過ぎている。50代、使ってもらえても60代で万年ヒラ扱いとか本当に気が滅入ります。そもそも使ってもらえるかどうかすら怪しいんですから。機械なら機械、溶接なら溶接と自分の専門分野を持ってそれだけ出来る人間もいいけど、やっぱり俺は人を指導出来る人間になりたいと言う気持が捨て切れません。だから応急手当普及員の資格を取ったりして出来もしないのにやたらしゃしゃっているんですがね。消防団でも、せめて班長に位はなりたいんですがただでさえこの物覚えの悪さ、しかも俺の目指す業種上、土日出勤が多いしコッチ方面でも出世の見込みないです。
それにしても下士官、いい響きだと思います。何人かの部下がいて、実践的な指導に当たり部下から頼られる。俺、やたら階級にこだわる所があるんですが、二等兵・一等兵・上等兵・兵長、昔の陸軍で言えば伍長・軍曹・曹長。年齢的には曹長位行ってて当然なんですが、俺のスキルでは下手すれば二等兵も勤まらない。また、技術重視の海軍での兵曹さんの立場の羨ましい事。若い内から目標をひとつに定めて、それだけの勉強して技術を磨き得た階級。翻ってどうせ俺なんか、これから採用してもらえてもチンケな会社で2週間のトライアルでクビを繰り返し、最終的にはパートしか勤まらないなんてオチになるんでしょうけど本当にやり切れない思いです。どんな業種でも自分の仕事ひとつまともに出来ず、クビを繰り返してそれを延々と続けてるんだからしょうがない。もうそんな事言ってられる身分じゃないですが、従業員1人2人で何の役職にも就けない一生ヒラの人生が俺を待ってるんでしょう勤まったとしても。せいぜい映画でも観て、いい齢こいて下士官に憧れている事にしています。
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きむら
: 2012年3月17日(土) 08:03
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2012年3月16日(金)
身辺整理
母が死んだ際、使えそうなモノを運べるだけ運んだせいで一部屋荷物だらけになってます。押入れも満杯だしどうしようか思案にくれている所なんですが、一回大掃除しなければなりません。どーせ暇なんだしやる時間はいくらでもあるんですが、どうにもやる気が起きない。しかし大和から蒲田まで何往復したっけか、当時はまだ乗れたモビリオスパイク使って。2間分と台所、押入れにあったモノを持てるだけ持って来ましたが、今となってはあんなモン邪魔になるだけだから放っておくべきでした。無職期間中はとてもそんな気になれず、就職が決まったらそんな時間が無くなる。悩ましい所です全く。宗教の本や売れそうな棚とかこの際売っぱらっちまおうかと。しかも俺んち、祖父が使っていた介護ベッドが一部屋占領してるのですが、祖母が介護ベッドを必要になった際、馬鹿親父がそれ使えばいいのに新しく買ってしまい邪魔者消えず。これさえなければ前の会社に置きっ放しの本棚持って来れるのに。
それと、2009年に通った産業技術センターと2010年に通った職業技術校の資料の多い事。捨てるのももったいないと言うか思い出になるかなと思い、ダンボールにしまって取って置きたいところなんですが、繰り返しになりますが置くスペースがない。あの頃は向学心もあり、機械の本を色々と揃えたりもしたんですが全て無駄。その気になったらブックオフ辺りに全部売っ払っちゃおうと思ってます。それにしても無駄な2年間を過ごしたモノです。当時、俺は一生涯を機械工としてひとかどの人物になりたくて、博学な先輩・上司に憧れて色んな参考書を揃えては勉強したモノでしたが。産業技術センターでの高度技術者活用研修も訳分からなかったですが、職業技術校での出来なさぶりはもう目を覆わんばかりで、泡喰って参考書を揃えたりもしたモノですが、意味が全く分からず、無駄な金を使ったばかりか余計な荷物を増やしただけの結果に終わりました。
会社に居た頃は2階の6畳間と本棚の並んだ8畳間のふたつしかなくてPCは1階の事務所。従って結構読書はしてたんです。ベッドに棚とランプもあったし。古いTVにDVD再生機代わりのプレーステーション2もありましたがね。しかし、ところ変わって東京に引っ越して来た俺、基本的に邪魔な介護ベッドに部屋の1/3は占拠されている勉強(PC)部屋に、これまた本棚を置くスペースのない居間(TVがある)の二部屋しか使っていません。だから読書の機会が全く無くなってしまいました。おまけに居間はともかく勉強部屋の汚い事…衝動買いした本に延々と書き続けては突っ返される履歴書に職務経歴書、そこいら中に散らばるビニール袋。これからの片づけを考えると心底先が思いやられます。平塚に居た頃は日月休みだったし、平日しかやってなかったゴミ処分場も近所で結構重宝したモノでしたが、今度は土曜も日曜もいつ時間を作れるか怪しい。
介護ベッド然り、溜まりに溜まった資料然り、ひとつひとつ地道に片付けてくしかないんですが、長い道のりになりそうです。また、転職回数の多い俺、これも思い出なんですがカタログ等の資料の多い事。時々過去を振り返っては読み返したりもしている訳ですが、棚の多い事半端じゃないです。今は何する気も起きないんですが、今年の年末年始にでも大掃除するか。置き場所も含めて大層苦労するでしょうけどね。それとベッドルーム。俺んちのベッドルーム2階で、本棚もあって台とランプさえ持ち込めば読書も出来るんですが、夏場は熱をこもって暑いし冬は寒いし、夏はともかく冬場はストーブを点けていればいいんですがそのストーブも壊れていて変な音がする。今はエアコンもストーブもない部屋にせんべい布団して寝ている訳ですが、確かもう2年以上たたんでません。馬鹿親父はとにかく遺産相続しか眼が無くて、あんな紙っ切れと言うか貯蓄預金残高にしか興味がないとか、付き合わされるコッチは堪ったモノではありません。
片付けられない症候群の症状がある俺、これからは気が向いたらでいいんで部屋の整理整頓を心掛ける様にして、少しずつでもいいので住みやすい家に持って行きたいです。しかしせっかく1年以上もニートをやってる癖に、肩が凝るほどPCに向かうしかなく、家の居心地の悪さったら全くないです。住み心地が良くなった頃には、いつ見つかるか分からない仕事も決まって家に居なくなるか。まあそんな事をゴチャゴチャ考えていても仕方のない事なので、その気になったらひとつひとつ片付けて行くしかありますまい。今はとてもそんな気分じゃないですけどね。こんな気分、もう1年以上経ってます。それにしても東京のゴミ処分場って一体どこにあるんだろう?土日やってるのかな?とかく老朽化の目立つ俺んち、コッチ方面でも先が思いやられます。
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きむら
: 2012年3月16日(金) 04:37
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2012年3月15日(木)
あの時の誓い
もう全ては終わった話です。2月25日に書いた豚に追い出された2ちゃんねるのオフ板、かなり極端な舐め方をしたんですが、あの時の俺はちょうど大きな転換点を迎えようとしていた時期でした。普段は簡単な仕事をして、休日はただ呑んだくれているだけの日々に疑問を持つ様になって来ていました。ただ酒呑んで馬鹿騒ぎして、そしてあいつとこいつが離れてくっついて、とにかく不健全で非建設的な日々。そんな日々を送っていて俺は将来どうなるのか。結局は好き嫌いの問題なんですが、居酒屋なんかにつまんない金払って下らない話に終始して終わる毎週末。そんな所にたむろっている連中って、一体いつからそうなってしまったのでしょうか、好きな奴にはいいストレス解消になるでしょうし、本人がそれでいいって考えているんだから俺がどうこう言う筋じゃないんですが、誰かが意地汚い真似して一旦は追い出されたりして、ほとぼりが冷めたらまた仲間に入れてまた同じ事を繰り返させたり、馴れ合いたいのは分かるけど、酔っ払うと忘れちまうのかな、ケジメとか、友情とか。俺にはそんな連中との馴れ合いよりもっと大事なモノがあったはずだ。
俺はとにかく、強く賢くなりたかったのです。キックボクシングを始めたり英語の勉強を始めたり、人生を運動と勉強の一色二色に染めてそんな連中とキッパリ縁を切って、馴れ合いよりも刺激を求めて、自分を強くしたくて磨きたくて、そんな人達の中で自己練磨を重ね、そんな人達の仲で堂々と胸を張っていられる人間になりたかったのです。あの時の俺は、忘れられるか笑いモノになるか、どっちかしかなかったんですから。それからは無我夢中で努力しました。過去の幻影を振り払うかの様に。そこからは何もかもが自分の健全化の為の行動でした。キック然り英語然り、オフ板を辞めた直後に潜り込んだイベサーですら、最初はとにかく寂しくてだったんですが、旅行やスノボと見聞を広げる機会を見出しての参加だったんですから。でも結局、そこもオフ板と何も変わらなかった。代表に常連にされそうになり、冗談じゃねぇやと辞めてやりました。結局そこでも俺は、単なる金づるに過ぎなかった訳ですからね。そうして5ヶ月程悶々とした日々を送った後、今度はサーフィンやユースホステルを使っての旅行を始めた訳ですが、休日のイベサーの代わりに。
平日はキックボクシングか英語の勉強、休日はサーフィンか旅行。そこには、あの時俺が求めた世界がありました。ただひたむきに、キックならサンドバッグやミットを叩いたり、勝手にライバルを作ってそいつを目指してひたすら自分を鍛え上げ、英語の勉強なら、やはりひたむきに授業を受け、宿題をこなし。サーフィンにしたって誰だって最初から簡単に出来るモノじゃない、長い修行の日々が続きました。そんな日々の中で出来た色んな仲間達。俺は酒は呑まなかったですが、そんな人達と過ごす酒の席もまた最高のひと時でした。各人温度差こそあれ各々サーフライフを過ごしていて、先ずそれありきな訳ですからね。キックもジムが閉まった後、ジムの前でたむろってしゃべるのも最高のひと時でした。呑み会もありましたが、俺はそんなキャラじゃないなんて断った事もありましたけど。とにかくただ酒を呑むのが目的じゃない、本来の目的があってその隙間にしばしの息抜きがあった訳ですから。もうそんな英語学校に出会う事も無いでしょうが、英語学校の先生を車で家まで送って個人的にも仲良くしてもらい、色々と将来の目標等を語り合ったりしたモノでした。
そして会社の倒産、次々と露見する自分の無能さ、落ちて行く一方の人生。あれから5年以上も経つのに未だに俺のスレチェックしてくれてるのがいるみたいですが、たかが女1人でトラブった位でトんだ俺と、数え切れない位の男女間のトラブルを繰り返してまでオフ板に居座ってる奴。今となっては、甘ったれてんのは、弱ぇえのはよっぽど俺の方だと思います。ちょっと痛いトコ突かれた位で全部放っぽり投げて逃げ出す様な奴ですからね俺って奴は。辞めるなら辞めるできっぱり2ちゃんねる自体全部辞めちまえばいいものを、未練がましく自スレ持って訳の分からないのに荒らされながら未だに遠吠えしているんですから語るに落ちる。大体察しはつくのですが、オフ板辞める際、2ちゃん自体辞めると叫んで、負け犬呼ばわりしてくれたのが居ましたが、全くその通りです反論の余地は全く無い。但し、少なくともその後、2007年以降の俺は、自分から逃げずに、自分と必死に闘いました。そして完膚なきまでに負けました。今はただ、笑いモノの負け犬が一匹ココに居るだけですが、少なくとも自分自身に挑戦し、にっちもさっちも行かなくなるまで、心を壊すまで闘い抜いたという事実は、全て無駄に終わった事とは言え、少しは誇りにしてもいいんじゃないかと思います。
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きむら
: 2012年3月15日(木) 04:14
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2012年3月14日(水)
220万円
雇用保険が切れてちょうど1年が経ちます。メンヘルで寝込んでいて9月頃までは身動き取れず、そこからも就職活動をして何とか受かって勤めても持って4日が3社。我ながら何やってんだって心境です。目減りする預金額、しかもそろそろ普通預金の方が200万円を切りそうな状況で正直焦ってます。思えば職業技術校でCAD・NC工作機械に入った辺りで精神的におかしくなってしまった訳ですが、あれからもう1年か。就職も決まっていたんで調子に乗って買ってしまった車も本当に単なる金食い虫になってます、ろくすっぽ乗っていないのに。今月車検なんですが、一体いくら取られるのか考えると、益々就職焦ります。慣れてないせいか、幸い物損ながら1回大事故起して車を滅茶苦茶にして保険の点数は上がるし。俺ん中で自動車の運転は必須のスキルで、その為にはやはり車は持ってないといけないんですが、もし就職が決まっても維持出来るだけの給料が取れるか大いに疑わしい、否、維持出来てもそうしたら貯金が出来なくなる。
めっき屋をクビになってから泡喰って職安に行ってるんですが、どこもいまいち勤まりそうもありません。技術的な仕事はダメ、溶接もダメ、残るは力仕事しかないんですが、1年以上も寝ていて、もし採ってもらえてもどこまで持つか。技術と言えば俺、床上操作式クレーンやら玉掛けやらフォークリフトやら、技能講習程度ならそれなりに資格も揃ってるんですが所詮技能講習を受けた程度、元々不器用な俺ですから資格を持ってるんなら即扱える様になれと言われても無理な話です。じゃあ販売ででも仕事を探すか。販売になれば土日が一番忙しい仕事、消防団も辞める羽目になるんでしょうけど、この際それもありか。まあそもそも販売なんて職務経歴が無いんですがね、短大時代にアルバイトで1年もやったか、結構売れたモノですが…営業経験が2年あるのでそこを買ってもらえるかどうか。しかし前にも書いたと思いますが本採用までの道のりの長い事、書類選考、面接、トライアル、試用期間。職に就けても安心するまでになるまでは長いハードルをいくつも乗り越えなければなりません。
しかしこの1年の短かった様な長かった様な。9月頃まではうつがひどくて、また暑い時期のスタートは体力的に無理があるだろうと就職活動もしていなかったんですが、その9月以降もあまり積極的に活動してはおりませんでした。もう完全に身体が働く状態になかったんです。いくつも医者を回っては睡眠薬を集めたり、幸い短期間ながらブロン(咳止めなんだけど麻薬の成分が入ってる)呑んで、眠気と闘いながら起きれるだけ起きて遊んでたり。でもめっき屋でかなりハードな仕事をしたせいか何となくモチベーションが上がって来たと言うか働く気にはなってます。睡眠薬も呑み過ぎで効かなくなってしまい、昼間も眠れず困ってる現在ですが、重労働の後の睡眠は超快感でした。眠りが浅くて夢ばっか見てましたが、この夢を見るのも楽しみのひとつでした。とにかく今は働きたくて、3月2日、5日と短いインターバルで職安に行ったりもしたんですが、本当に早く就職決めないとやばいです色んな意味で。
現在はとりあえず、ハローワークインターネットサービスで土日に仕事を探して、月曜日に職安と言うローテーションで考えてるんですが、一体いつになったら就職が決まるのか。もし決まったとして、トライアル期間でクビにならずちゃんと軌道に乗せる所まで行けるのにどれだけの時間がかかるか。職業能力と言う点で考えてみれば絶望的な俺、それでもいつ会社が潰れて再就職なんて事態に陥った時の事を考えて、なるべく潰しの効く仕事に就きたいなんて性懲りも無く考えています。機械の仕事はもうはっきりと無理。自分に合わな過ぎると言うか操作はおろかプログラミングも全く分からない。溶接の会社3日でクビになっておきながら性懲りもなく溶接があるかも知れない求人にも手を出しています。それにしても、ただでさえ使えないのに通院の為に月2回休ませろとか我ながら何様なんでしょう。思えば、これまでの会社もとりあえず採ってみて使えそうになかったらクビにすればいいや程度の考えで採用し、案の定使えなくてクビを繰り返しているんですがね。
ただでさえ雇用情勢の厳しい昨今、無能な35歳が独り。一体どこの馬鹿な会社が使ってくれるんだろう。8月に36歳になる俺ですが、そうなったら益々選択肢が狭まる。35歳以下の求人も多いですしね。正直な所、定期預金だけは崩したくない、出来れば普通預金も200万円は残しておきたい気持なんですが、まず無理そうです。現在はいつからでも働ける様にアルバイトもしてない俺ですが、8月に36歳になったらアルバイトでも始めて見ようかと思う昨今です。その時期には預金もそろそろやばくなって来るし。まあバイトですら使ってくれる所なんてあるのか大いに疑問ではありますがね。
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きむら
: 2012年3月14日(水) 04:36
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