2012年2月29日(水)
1泊2日の検査入院
「いびき」のことがちょっと気になり、先日水戸市内の病院の耳鼻咽喉科を受診しました。以前にホテルで同室となった友人に言われて、「睡眠時無呼吸症候群」もちょっと気になっていました。医師の勧めもあって、昨日から今日にかけて1泊2日の検査入院をしました。といっても、検査器具をお腹や鼻などに取り付けて一晩寝るだけ。これで睡眠時の呼吸の具合などがわかるようです。
病院のベッドでマスクをして寝ていると、なんだか本当に「病人」になったような気分にもなりますが、実際にはピンピンしています。病院での夕食がとても物足りない感じで、これが毎日だったら大変だなぁと、思わず思ってしまいました。人間ドックを終えた後の昼食がわりと豪華なのが印象に残っていて、余計に貧相に思えてしまったのかもしれません。ちゃんと栄養バランスは取れているのでしょうけど。
そもそも入院をしたのはいつぶりだろう? 大学4年生のときに、ラグビーの試合での大けがで約1ヶ月入院したとき以来だろうか。自分の身体がわりと丈夫なことに感謝しつつ、あまりそれを過信せずにいかないとなと思いました。検査結果がわかるのは、まだだいぶ先。それをしっかり受けとめて、何か対策が必要ならしっかりやっていこうと思います。
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伊藤哲司
: 2012年3月1日(木) 05:06
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2012年2月28日(火)
大洗町の商店街活性化のために
昨年津波被害を受けた茨城県東茨城郡大洗町、そこには最近またとりわけいろいろな関わりができているのですが、今日は町役場の方と若手の町議の方が茨城大学まで来られて、商店街のひとつの今後の活性化のために若い学生たちの力をぜひ借りたいと話してくれました。震災後に「大洗応援隊!」と称しているグループを立ち上げ、今では50人を越えるメンバーがいるのですが、その中の2人の学生も同席してくれて、ではぜひ3月上旬にまず、一緒にその商店街を歩いてみましょうということになりました。
大学教員の立場からすれば、そうした中で学生たちがいい経験をさせてもらえればというところで、2人学生たちも、ぜひ中心的に動いてみたいと意欲を見せました。
こういう地方の商店街の活性化ということは、多くの地域に共通する悩ましい問題でしょう。今回ここでいいモデルケースができるといいなと思います。また新たな地域連携のひとつが始まっていくことを、私も期待しています。
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伊藤哲司
: 2012年3月1日(木) 04:53
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2012年2月27日(月)
国際交流基金のプログラムで英語で講演を
国際交流基金が進める「21世紀東アジア青少年大交流計画:東アジア次世代リーダープログラム教育グループ:困難を乗り越える「しなやかな力」を育む取組み」に招聘された27人の35歳以下の若手たちの前で、「Human resilience to disasters: Flexibility and adaptive capacity to thrive after traumatic experiences(災害に対する人間の心の回復力:トラウマ的経験後に成長するための柔軟性と適応能力)」と題した講演を英語で行いました。準備はギリギリまでかかってしまいましたし、話しだしてすぐはかなり緊張していることが自分でもわかりましたが、途中からは思ったより落ち着いて、ときにはアドリブで少し原稿にない話を挿入しながら、ほぼ予定通り1時間近く話をすることができました。
3.11のときの私自身の体験、東北の被災地への旅、かつてのプーケットでの津波調査、それにトラウマやPTSDについての批判的な捉えなおしの話(多少は理論的な話も)を織り交ぜ、災害後に不思議な暖かい共同体が出現しやすいということを話して、「絆」という言葉がいま見直されているけど、これは「ほだし」と読めばネガティブな意味もあり、適度な人と人との繋がりをつくる知恵を生みだしていく必要があることを指摘しました。
何語で話すかということとは関係なく、人前で話をすると、それがどのくらい相手に伝わっているかということは、何となく身体でわかるものです。それで今回は、参加者たちの笑い声の反応もあり、全体的には好意的に受けとめてもらえたということが十分うかがえました。30分ほど質疑応答の時間がとれたので、そこではプロの通訳の人の力も借りて、いくつかの質問に日本語で比較的詳しく答えました。
終わって、ああ自分もこれぐらいのことまではどうにかできるんだなと思えました。ちょっと自信になったと言ったらいいかな。でも自信過剰にならないよう、謙虚にまたこの経験を何かに繋げていくつもりです。聴講してくれたアジアの若者たちは、明後日から気仙沼へえ研修に出かける予定。残念ながら同行はできませんが、いい経験を日本でしてそれぞれの国に持ち帰ってほしいなと願っています。
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伊藤哲司
: 2012年2月28日(火) 08:49
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2012年2月26日(日)
明日の講演に備えて
中国・通遼に出かける前から、そして通遼にいる間もずっと、明日予定されている講演の準備をしてきました。国際交流基金の企画で行われるもので、アジア各国から招聘された35歳以下の若手たちの震災絡みの研修の場でのものです。大きなテーマは「困難を乗り越える「しなやかな力」を育む取組み」。英語で行うため、パワーポイントのプレゼンファイルを用意するだけで一苦労。英語の得意な親しい友人の力も借りて、なんとか準備を進めました。講演原稿は今夜までかかってどうにかこうにか。さて明日はどうなりますか。ここまできたら腹を据えてやるしかないですな。
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伊藤哲司
: 2012年2月28日(火) 08:25
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2012年2月25日(土)
映画「サウダーヂ」を見て
水戸芸術館で行われている水戸映画祭で上映された「サウダーヂ」という映画を見にいってきました。知人に「必見ですよ」と勧められて行ったのでした。山梨県甲府市が舞台で、地元のラッパーや日系ブラジル人、タイ人、派遣労働者などが織りなす「底辺」の日本社会の裏面が生々しく描かれていました。167分もある長編で、最後まで見ても救われることなく、重い気持ちが残りました。でも知らなければならない一面だと強く思いました。いやー、それにしても痛い。
ちなみに「サウダーヂ」とは、ポルトガル語で「郷愁」というぐらいの意味のようです。
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伊藤哲司
: 2012年2月28日(火) 08:19
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2012年2月24日(金)
茨城大学に戻って
夕べ内モンゴルから北京経由で帰ってきたばかりですが、今日は午前から復興支援委員会という会議があったり、何だかんだと大学で仕事がありました。近々ある学生サステナフォーラムという学内の院生・学生の研究発表のために、ゼミの院生たちの大型の発表ポスターを印刷したりも。大学にいられる間に、年度末の仕事をこなしていかないとな。でも頑張ります。
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伊藤哲司
: 2012年2月28日(火) 08:11
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2012年2月23日(木)
雪の通遼から帰国の途へ
内モンゴルの通遼は、昨日降り積もった雪が、今朝は太陽に照らし出されて眩しいほどでした。気温は低く、凍りつくような朝でした。至るところで雪かきをやっていました。またホテルから遼西川まで歩いて、凍った川面に雪が降り積もっている風景も眺めてきました。昼ごろになると気温がけっこう上がり、もう雪は溶け始めたのですが、今年一番の雪という日に巡りあわせて、ちょっと特をしたような気分になりました。
朝のウォーキングを終えた後、午前中はホテルの部屋で自分の仕事をしました。旅先でホテルに籠もるのは、ちょっともったいない気がしないでもないのですが、でも実はこういう時間がとても好きです。家や大学にいるときの日常から切り離されて、自分だけの時間にすることができるから。インターネットは、ツイッターやフェイスブックには中国の規制ゆえ繋がらず、メーラーからのメールも上手く発信できずやや不便ですが、他はの部分は問題なく使えました。
お昼にホテルをチェックアウト。馬さんがまた迎えにきてくれて、今回の通遼での最後の食事をとりました。馬さんとその同級生たち4人が集まって、私と同僚の田村さんを北京ダックの店に招待してくれました。今日は旧暦の2月2日。「龍が頭をもたげる日」ということだそうで、この日には親しい友人が集まって食事したりするのだそうです。その輪の中に私たちも入れてもらって、美味しい北京ダックを堪能させてもらいました。
こういう場合の支払いは、割り勘ということはなく、誰かがポンと払うのがこちらのやり方です。今日は張さんという高校の先生をされているという女性の方が、私たちの分も払ってくれました。今日初めて会ったにもかかわらず。振り返ってみれば、外で食事をしてお金を払ったのは、実は夕べだけ。中国流のやり方の恩恵に、すっかりあずかってしまいました。
快晴の通遼空港で馬さんらの見送りを受けて、再び空の人へ。窓側の席を取り、ずっと外を眺めていました。雪景の内モンゴルから、雪のない北京までの1時間ちょっとの旅。一昨年夏には夜行列車でゆっくり移動した道のりをひとっ飛び。いい風景でしたが、また地を這っても旅してみたいなと思います。
深夜になって羽田空港に無事到着。振り返ってみればあっという間の内モンゴルへの旅でした。しかししっかりといい縁ができました。これで終わることはまずないでしょう。また必ずや、足を運ぶことになると思います。内モンゴル民族大学の馬さんには、本当にお世話になりました。
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伊藤哲司
: 2012年2月28日(火) 08:07
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2012年2月22日(水)
北ウルグトゥ村を訪ねて
通遼の街中から車で1時間ほど北西方面に向かったところにある北ウルグトゥ村というところへ行きました。もちろん今回お世話になっている内モンゴル民族大学の馬さんの案内で、昨日一緒に協議をした同大学農学部の先生たちも同行してくれました。将来のサステイナビリティ学関係の国際演習の候補地としての視察です。
モンゴルの草原としてイメージする風景のところまではいかないのですが、広大な土地が広がっていました。寒さもあって人の姿をあまり見かけず、簡素な家々が並んでいました。そのうちの1件は、馬さんのお姉さんとその旦那さんの家で、そこで村長などにも面会することができました。
農業中心のその村はモンゴル民族の人たちが暮らすところで、人口は約1400人。村には幼稚園はあるものの、小中学校は別のところに行って子どもたちは寮に入ることになるのだそうです。人口は減ってはいないものの少子高齢化が進んでいると聞きました。近年は雨が少なく、農業自体で食っていくことが大変で、街への出稼ぎも少なくないそうです。
外へ出てみると、とにかく風が冷たくて、15分といられませんでした。それでもそんな中で羊の放牧をしている風景が見えました。そのうちに雪が降ってきて、あっという間にまわりは真っ白になってしまいました。
率直に言ってちょっと寂しい印象を受けたのですが、馬さんのお姉さんが作ってくれた暖かい昼食をたくさんご馳走になりました。村長ら村の幹部も同席して、昼間なのに焼酎を酌み交わすことになりました。こういうときにお客としては飲まないという選択肢はありません。私も、同行している同僚の田村さんも抑え目にしながらも、何度も乾杯を繰り返すことになりました。
もちろんこれが歓迎の証ですから、有り難い限りです。学生たちがここに来た場合には、民家にホームステイをさせてもらうことも可能だと聞きました。まだ将来のことはわかりませんが、ここをフィールドとした内モンゴル民族大学と茨城大学合同の国際演習が展開される日が来るかもしれません。
通遼の街に戻ってみると、そこもすっかり雪景色に変わっていました。馬さんによると、今シーズン一番の雪だとか。車はのろのろ運転で、人々も首をすくめて歩いています。私もあえて外へ出て、この寒さを肌身で感じてみました。
今夜が今回の滞在の最後。ここまで食事をするのに、一度もお金を払っていないのでした。そこで田村さんと相談し、今夜は私たちが返礼をするということにし、ホテル近くの中華料理の店に集まってもらいました。そこに馬さんの奥さんの王さんと13歳のお嬢さん、それに元茨大留学生の劉さんという女性も来てくれました。茨大でイギリス文学を専攻して修士をとった劉さんは、現在は内モンゴル民族大学で英語を教えているそうです。私のこともよく覚えていてくれて、とても嬉しく思いました。
夜の宴もまた楽しくすぎ、この寒さの中、本当に暖かい友人たちができたことを、心から嬉しく思いました。ここにもしっかりと縁ができました。内モンゴル民族大学の先生たちも、同じような感想を抱いてくれたに違いありません。今回の訪問を、必ず次のことに繋げていかねばと思います。
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伊藤哲司
: 2012年2月23日(木) 11:55
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2012年2月21日(火)
内モンゴル民族大学訪問
通遼の最低気温は−15度ぐらい。乾燥して朝からカラッと晴れているので、そこまでの冷え込みだとは感じないのですが、それでも外へ出てみると、しばらくすると耳が痛くなるくらいの気温の低さです。泊まっているホテルから20分ほど歩いて、街の西側を流れている西遼河まで行ってみると、川が全面凍結していました。凍った川の上に少し立ってみたのですが、そのまま歩いて川を渡れるほどの氷の厚さがありました。なるほど、それぐらいの冷え込みなのだと、あらためて実感しました。
1日遅れてやってきた同僚の田村さんを空港で迎えて、さっそくお昼ご飯を内モンゴル民族大学の先生たちととりました。再びモンゴル料理を堪能させてもらったのちに、同大学の会議室で、今回のメインとなる協議をしました。今回全面的にお世話になっている馬さんをはじめこちらの先生たちというのは、みな農学部で環境学などに取り組んでいる人たちばかり。そこで、サステイナビリティ学の研究・教育に関わる連携ができないかということで今回私たちはやってきたのですが、基本的にその話も大いに歓迎してくれました。
もう少し具体的には、茨城大学の大学院生たちとここに来て、通遼およびその近郊の農村部や草原などで、具体的な環境問題やそれに関わる人々の生活の問題などをテーマに、こちらの学生たちも一緒になって調査し現状を把握し、問題解決を考えるということができないかということなのですが、可能性としては十分ありそうだという実感を得ることができました。みなきわめて協力的です。こちらの研究室では、土壌改良や肥料の問題などを実験的な手法で明らかにしていくということを得意にしていて、フィールドに出ての調査・研究ないしは学生の演習というのはあまりやっていないとのこととですが、そういうことにも十分対応できるとのことでした。
私自身これまで、茨城大学の一教員として、ベトナムのハノイ人文社会科学大学、それにタイのプーケット・ラチャパット大学との関係づくりを手がけ、それなりに実績を上げてきたと自負しています。ハノイ人文社会科学大学とは10年来の学生交流を続けてきましたし(現在は事情があってちょっと上手くいっていないところがあるのですが)、プーケット・ラチャパット大学とは、大学院のサステイナビリティ学の国際演習を3年連続で行ってきており、来年度も実施の予定でいます。
もし今回の中国・内モンゴル民族大学との関係づくりが具体的にできるならば、私にとっては3つめのこととなります。まだどうなるかはわかりませんが、その芽が出てきたことを嬉しく思うと同時に、もちろん私一人ではなく、関係者との連携協力によっていい形ができていくといいなと願っています。
夜は再び、同じ先生たち数人としゃぶしゃぶの店にいきました(写真)。明らかに、私たちの訪問を心から歓迎してくれているのがわかりました。こういうときの盛り上がりようは、日本人の比ではないという感じがします。同僚同士がとても仲もいいということがわかり、ちょっと羨ましく思いました。英語がどうにか少し話せる先生が1人か2人。そうなるとあとは馬さんの通訳に頼るしかないのですが、そんな状況のなかでも円卓を囲みながら賑やかな夜の雰囲気を楽しませてもらいました。
明日は、サステイナビリティ学の演習の候補地となる近郊の農村を案内してもらう予定です。今回は草原にまでは行けそうにないですが、どんな農村の風景が広がっているのか楽しみです。
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伊藤哲司
: 2012年2月22日(水) 16:29
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2012年2月20日(月)
中国・内モンゴル自治区の通遼へ
昨日のうちに北京へ飛びました。そこで1泊。北京師範大学の友人などに会って、美味しいしゃぶしゃぶを堪能しました。今回の目的地は北京ではなく、内モンゴル自治区の通遼。そこに行くのは2回目です。内モンゴル民族大学があり、茨城大学との協力関係についてそこの先生たちと協議をするというのが今回の渡航の目的です。
日本から通遼への直行便はなく、北京からも早朝便しかないので、北京に1泊することがどうしても必要なのでした。でもそのために、北京の友人たちに再会できて、それはそれでちょっと得した気分です。空港近くのホテルで1晩過ごし、今朝の7時20分発の飛行機に乗りました。通遼までは1時間20分のフライト。通遼が近づいてくると、眼下にはだだっ広い田舎の風景が広がっているのが見えました。通遼は見事なまでの冬晴れ。雪はなく、ピーンと張り詰めた冷たい空気と、1日何便も飛行機が飛ぶわけではなさそうなガランとした通遼空港に迎えられました。
茨城大学で博士号を取得した馬さんという内モンゴル民族大学の先生が空港まで来てくれました。今回は、日本語にも堪能な彼に全面的にお世話になることになります。一昨年の8月にここに北の時に初めてお会いしたのですが、そのとき以来ずっと、茨城大学との関係づくりを切望してくれていました。馬さんの奥さんである王さんも、同じく茨城大学で博士号を取得した人。それに私のゼミ生にも、この大学の出身者がいます。さらに加えて、他にも茨城大学に留学した経験のある同大出身の人がいることがわかり、なにやら大きな縁を感じます。
今回空港に出迎えに来てくれたのは馬さんだけでなく、包くんという若者もいました。彼はこれから茨城大学に留学して、いずれ大学院入学を目指したいということで、今回わざわざ大連から来て私に会いにきてくれたのでした。やはりここの大学を卒業して、そのあと社会人として現在は働いているとのこと。初めて会った彼は、ちょっと緊張気味でしたが、日本語能力検定試験の1級にすでに合格しているとのこと。あとはどうやって専門性を作っていくかが課題だなと思いますが、可能性はあると思いました。
馬さんが予約しておいてくれたホテルにチェックインし、包くんの叔父さんのハクさんが昼食に招待してくれました。中華料理ではなくモンゴル料理の店で、当然のごとくお酒も出てきて、酔いが回ったハクさんが馬頭琴の演奏まで頼んでくれて、すっかりこちらまでいい気分にさせてもらってしまいました。こういうすごい歓迎の仕方は、なかなか日本ではできないなと思います。寛大な心を感じますし、本当に有り難い限りです。
通遼の街は道が案外広くて、けっこう大きなビルがあります。人口は30万人を超えているといいますから水戸市よりも大きい。もちろん北京などからすれば、地方の田舎町というかんじなのかもしれません。住んでいる人は、モンゴル民族よりも漢民族の人のほうが多いようです。内モンゴル民族大学の2万人ぐらいいるという学生たちも、実は漢民族の学生のほうが多いということを知りました。
馬さんの話では、モンゴル民族の人たちもモンゴル語が使えない人が増えていて、たとえば会話はできてもモンゴル語の読み書きはできなくなっていたりするとのこと。「もう100年もたったら、モンゴル語はほとんど使われなくなっているかもしれませんね。でもそれも仕方がないことだとみんな思っていますよ」と。民族のアイデンティティの問題として本当に重大事だと思うですが、そんな厳しい現実があることも知りしました。
明日は、同僚の1人がちょうど1日遅れてやってきます。本格的な協議はそれから。いい話ができるといいなと思っています。
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伊藤哲司
: 2012年2月22日(水) 15:46
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2012年2月19日(日)
16歳になった娘へ
16歳の誕生日おめでとう。高校生になってもう1年近くがたつね。中学校でもそうだったけど高校でも楽しくやっているようだね。バスケット部もずっと続けてやっていて偉いな。たくさんの友達にも恵まれて良かったな。
高校の勉強はちょっと大変だよな。中学生の時よりずっと難しくなっているしね。いくら勉強しても、なかなか先が見えないという感じかな。でもそんなものさ。そうやってやっていることが、必ず何かに繋がっていくよ。この前のテスト期間中、お父さんの研究室までやってきて、そこで長い時間勉強してたよね。お父さんがいないときもそこで一生懸命やっていたのはすごいと思った。
高校時代って、また独特で貴重な時間だと思う。お父さんも高校時代のことはよく覚えているし、そのときの友達とは今でも繋がってる。たった3年間の短い時間だけど、でもこのときにいろいろやったことは大きかったな。知ってると思うけど、お父さんはラグビー部に入っていて、グランドを毎日のように走ってた。もうあんなふうには走れないけど、でもあのときのことは、今でも大きな糧になってるよ。高校生活、これからも楽しみながらやってね。
お父さんが離婚しても、「お父さんの人生だから」って言ってくれたね。ありがとう。そう言ってくれて嬉しかったし、成長したなって思ったよ。ちょっと大人っぽくなってきたよね。
これから身体に気をつけて、いろいろ挑戦してね。心から応援してるよ。
お父さんより
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伊藤哲司
: 2012年2月21日(火) 01:19
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2012年2月18日(土)
娘の誕生日前祝い
明日は娘の16歳の誕生日。でも私は明日から中国・内モンゴルへ出張。今夕、近所の評判のいいケーキ屋で小さなケーキを買ってきて、16本のロウソクを立てて、ささやかに祝ってやりました。離婚して父親としては申し訳なさも感じるけど、「お父さんの人生だから」と言ってくれる娘、大きくなってきたなぁ。
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伊藤哲司
: 2012年2月19日(日) 09:13
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2012年2月17日(金)
教養科目「人間科学と対話の知」を終えて
拙著『みる きく しらべる かく かんがえる:対話としての質的研究』(北樹出版)をテキストとして行ってきた教養科目「人間科学と対話の知」が、今日でどうにか無事終わりました。授業スケジュールの関係で今日までかかってしまったのですが、最後の最後にグループワークで仕上げなければならないものがあったこともあり、わりと最後まで出席率がよく、全学部にわたっている70人ぐらいの学生たちもよくやってくれました。
その成果のひとつがこの写真にある図解化されたもの。「みる きく しらべる かく かんがえる」のそれぞれについて実習を交えながら体験的に質的研究の方法および人間科学の発想を学んでもらう機会を作ってきたのですが、そこで考え感じたことをまとめを、ブレインストーミングとKJ法で行ってもらった成果です。この授業ではワールドカフェと呼ばれる対話の場も何度も作り、学生たちがじっと座って大人しく講義を聴いているものではまったくなく、とにかく自分が参加して耳を傾け話をしないとどうしようもないという状況を作ってきました。
課題が多くてミニレポートも多くて学生たちは大変だったでしょう。これで2単位とは割に合わないと思った学生もいたかもしれません。でもそれ以上のことを掴んでもらえたんじゃないかな。終わったときには、みなそれなりに満足そうな顔をしているように見えました。
私も最後までやり終えてホッとしました。みなさんと時間を共有できてよかった。受講してくれた学生のみなさん、本当にお疲れさまでした。どこかでここで得たことを、ぜひ活かしてください。
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伊藤哲司
: 2012年2月19日(日) 09:04
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2012年2月16日(木)
ベトナム大使表敬訪問
東京にあるベトナム大使館に新たな大使が赴任したことにともない、日本ベトナム友好協会の会長・理事長とともに、ご挨拶の表敬訪問をしました。私も副理事長という立場であるものですから。住宅街にある高級邸宅という風情のベトナム大使館には、初めて足を踏み入れました。中もさすがにきれいに整えられていて、絨毯の上を歩いて応接室に通され、そこでフン新大使としばし懇談をしました。
私は末席にいて写真とメモをとっていたのですが、ああこんなふうに表敬訪問ってやるんだと思いました。何せ私にとっては初めてのことでしたから。この大使館の場所、かつては南ベトナム大使館だったそうで、今日初めてそんなことも知りました。
「ベトナム」との交流、私はもっと草の根の交流をいつも重視していて、大使に会うということ自体は、正直言って大きな関心はありません。でもまあこういう現場を見て知っておくことも大事なのかな。少し自分もそんな役割を果たす歳になってきたのかもしれません。
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伊藤哲司
: 2012年2月17日(金) 10:09
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2012年2月15日(水)
2月はやたらと時間のたつのが早い
今年はうるう年ですから2月29日までありますが、それでも2月はなぜか時間がたつのがやたらと早い気がします。今度の日曜日から3月末にかけて出張が続きます。その前に大学でもあれこれ仕事を片付けないと。2月も半ば。まだ寒い日が続きますが、体調に注意でささやかに前進します。
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伊藤哲司
: 2012年2月17日(金) 10:02
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