2011年9月5日(月)
砂漠に海水を引く。
砂漠に海水を引くっていう、砂漠を緑化する方法として地図を見ながら考えていたのだが、調べてみたら清水建設が計画してたな。本当にやるかどうかはしらんけど。
デザートネットアクア構想
http://www.shimz.co.jp/theme/dream/desert.html
ちなみに、これはポンプで海水を引き込むっていう金か膨大に掛かる上にメンドクサイ仕事だが、私が考えてたのはただ海から穴を掘って来て、人工的に逆の川を作ろうという計画。
砂漠だから、時々船かなんかで川底の砂をさらう。
川の中に砂が入り込む速度と、川底の砂をすくい取れる速度のどちらかが速いかが問題なのだろうが、これならばスケールの大小によらずじ実行は出来るだろうな。
どこかの大学やってないだろうか? 知ってる人いたらご連絡を下さい。
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unit.maker
: 2011年9月5日(月) 22:15
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2011年9月4日(日)
先端?
合成生物学という分野がある。その流れから構成された生命や物体を考えると、科学技術は非常に先端的で刺激的だ。概念的にも。
芸術は先端的であるべきだ、という考え方があるが、芸術の領域はそれ程先端的では無い。現時点での先端的な所を目指すのならば、世界の先端を見つめるべきだろう。その世界の先端とはどこなのか? もちろん時代の先端は「今」だ。そうでは無く、文化としての先端はどこかという事だ。
現在の世界でも、文化的に保守化するモノもある。構造的な保守と言おうか、、、。固定的な先入観からでないモノの見られ方がある。そこでは無く、新しいモノの見方を誘発する、新しい何かのシステムや物体が生成されてる場がたぶん先端だろう。
それがどこなのか? そこを見つめる事がまず先決であろうと思う。
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unit.maker
: 2011年9月4日(日) 23:49
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神の意思とやらをどう作るのか?
怪しげな話では有るが、生物を作るにしても、物理法則をデザインするにしても、それはほぼ「神の仕事」として一括りにされて来たものだ。
それを宗教的に見つけてきた昔の歴史と、見つけた事によってそれをコントロールして来た歴史。科学と技術とは本来その様なものだったのだろう。それが科学とも技術とも呼ばれる前から。
動物や植物の性質を交配などをコントロールする事でデザインしてゆく事は非常に神がかった技術だとは思えないだろうか? 人類はそれを何万年も前からやっている。 それらの行為は現在の技術と概念として何ら遜色の無いほど高度に神がかった行為だろう。
技術や科学(世界の認識)とはいつも神の意思を見つける様な、ある種宗教的な行為なのだと思う。宗教はやはり万年前からあったのだし。
我々が技術を新しく創り上げる時、作ろうとする時、そして社会や世界を作ろうとするとき、我々はまず何万年も続く人間としての根源に立ち返って、「神の意思」らしきものを探してはどうだろうか?
技術進歩の鍵も、社会改革の鍵も、たぶん本当にそこに有るのだと思う。
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unit.maker
: 2011年9月4日(日) 01:07
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2011年9月1日(木)
ヒューマンインターフェースは大事だなと
現在「ヒューマンインターフェース産業」というのは無い、、。パソコン産業ってのはある。その中にキーボードとマウスってのが含まれてる。独立では無い。
画面も「モニター」だし、液晶TVとかの産業だし、、。
出力系も入力系もパソコンとかテレビとかとも別々に産業として発展するのが良いなあ、と希望を持つのだが、キネクトとかあるし、ゲームではインターフェースが要素に成って来てるのだから、その独立産業ってのが発生するってのは間違ってはおるまい。
さあ、先を急いてその業界に参入してください皆さん。金稼ぐ為の準備をして下さい。
組み込みシステムとか、そういう関係です。
以上健闘を祈る。
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unit.maker
: 2011年9月1日(木) 02:40
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