雑念
あれやこれやで「作戦要務令」が遅れております。
大きな要因としては、日本社会の変化がさらに顕著となったと感じられたため、「読替え」のための仕切りなおしに時間をとったということです。快調に進めても問題なしですが、虚しく感じるのもできるだけ避けるということです。
世直し政権として民主党が選挙に選ばれました。そして今、日本政府お家芸ともいえる「首相交代」の要請が強まっております。
日本にとって「政府」とは何か?「政府」とその「国民」とは、どのような関係にあるか?
かつて敗戦時において個々の国民の心の中で湧いていた問いかけですが、経済成長とともに表面化することがなくなりました。終りよければすべてよし、とする国民感覚もありますし、また好調期においてこのようなグレーの感情は忌み憚られました。したがって、不況期に入れば、また一から国民は自問することになります。
民主党は政権獲得を「革命」と呼んでいるそうです。こうした革命は戦中にも行われました。戦中の「革命」は官僚と軍部によるものでして、政党の必要を要しない国家体制になりました。今回は、政党によるものです。
教科書でいえば、国会は政府を監視する役割をもちますが、議院内閣制を採用する日本国では機能しません。最大政党が国会と政府を牛耳ることができます。問題は民主党定義の「民主主義」の内容にあります。
「政府」とその「国民」とは、どのような関係にあるか?がキーなのです。
民主党の「革命」は謂わば「ブルジョア革命」であります。教科書でいえば、次の革命があります。しかし民主党が自己の存在をなくしてしまうということは考えられません。まして、「日本の政府」でありますから、実際具体的な個々の国民との距離は相当あるわけです。官僚を実質的に支配下に置くことで終始し、そこから先は抽象的な「国民」モデルしか想定していません。ここで、多くの国民は「民主党、お前もか」と期待が裏切られたと失望するわけです。
戦中体制は日本史のなかでも異例で、国民は国家を身近に感じ、またその一員として行動し(させられ)ました。そこまで統制したのは、明治において旧幕府側についていた者との決着がまだついていなかったことと、社会主義思想による思潮や手法の影響があります。
今、かなりの程度で戦中体制は薄れ、日本社会は「自然状態」に近くなっています。これを「液状化現象」と書いている本もあります。
日本の経済力はもはや世界の中で17位くらいに落ちているようです。文化面では「大国病」も目立つ位置にあります。
戦中体制の衰退により、会社の組織教育が変ります。しかも「自然状態」に近いため、従前とは違った意味で、漠としていながらも、近代法体系と抵触することが多くなるであろうと思っています。
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