時効の撤廃
戦前、戦中に焦点を据えていたところ、軽く撫でた程度であったが、ひとまず区切って、次のタネを捜し求めていた。
だけどだんだんやる気が失せていくばかりで、惹くテーマがない。
そういうとき、国民年金の拠出制度発足に伴い、全国規模での反対運動がなされ、政府は強制化まではできなかったという歴史事実を知った。誰からも直接そのようなことを聞いたことがなかったが、事実のようである。なぜそのようなことを誰からも聞けなかったのか?
すっかり国民の頭から消えているのである。これこそまさに「消えた年金」云々のパロディといえる。ブラックユーモアとも。
現在の日本人は原理原則がない。もともとなかった民族といえるが、戦中の突貫作業と戦後の生産性向上運動などから、それなりのものが拵えられたが、その後自信喪失とともに、何も手に付かないというべき思考状態に陥っている。
少なくとも、こういうとき、頼れるのはリアリズムでしかない。生の情報というべきものである。それで、これまでまず触れることのなかった戦後を調べることにした。
まず1冊大河内一男『戦後日本の労働運動』(岩波新書)を購入。久しぶりにやる気が出てきた。この著者は戦中戦中ものからお世話になっているから、姿勢がわかっている。
内容はよくわかるが、事実が複雑で正味のところわからない点も今となっては多い記述となっている。
あと戦後について書かれたものといえば、数冊しかないし、読む余裕もない。したがって、キーワードにて色々とネットで検索して情報を集めることに切り替えた。(それで先の「生産向上運動」が出てきたものである。)
もともと戦後日本において労組の運動は国民運動に類するものであった。したがって「文学者」の関心テーマの一つでもあった。尤も、戦前のプロレタリア運動において、文学的には既にマルクス主義文学理論の雪解けがなされていたため、残るは政治的なものであった。戦後文学的には「近代文学派」が政治からの自律を唱え、主流をなした。
戦後の諸労組の活動はそのまま戦後日本の歴史でもあるが、もはや国民運動ともいえなくなり、官公労組、大企業労組の動きは世間に知られるが、中小労働者は無論非正規型労働については保護外とされた。そこで「格差」がキーワードとして上がった。なお、推定組織率は戦後の数年間を経た時点から逓減する傾向が止まらず、原因はその当時から存したものである。(日本人の分裂性向、事大主義と独立主義等)
個別労使紛争解決の導入をみたが、労働組織秩序の形成に新施策が打ち立てられぬまま、国際経済情勢に揺り動かされるまま、「生ぬるい」ということで、圧力としての裁判への志向も気分的に解決できていない。
どうやら、戦後の軌跡については、もう少し腰を据える必要がありそうである。民主党政権下、歴史においても時効を外したといえる。
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