竜汀荘日記

釈尊は、その臨終に当たって、動揺する弟子たちに対して、これからは自分自身を灯火にせよと最後の教えを与えました。真実は本来分かっているものなのです

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2012年4月6日(金)

京すずめ

 日本史上大東亜戦争の敗戦は、苦節の3年余として、問題の時代として横たわっている。その解釈をめぐっては、戦後初期の東京裁判の結果を拝戴する人々から連合国の挑戦説まで、なかにはあまり触れたくないという人もあり、司馬遼太郎もこの大戦と南北朝時代は回避して、人気が身上の大衆作家ぶりを発揮した。
 われわれの目の前に時間と空間によって展開するとされる世界は、神の自然の公的な世界が、人間的な私的な習慣によって時空にあてはめられて広がっているのだ。戦争という現象も、あらゆる歴史現象と同じく本来、スピノザの表現によれば神の、実体の延長に他ならない。
 神は現象するに当って、どの場合もそうだが、この大戦に関してもどうように、その公的なあり方からして、人間が期待しているような論理、人間的な弱みをつかむ連鎖、そうなれば人間は楽ができるのだが、神はそういったことには顧慮しなかった。公的な原理によって動いたのだ。
 司馬遼太郎は戦争末期、物資不足の時代に軍隊に召集され戦車隊に配属されたが肝心の戦車がない。したがって乗ることもなかった。こんな問題が起こった。本土が戦場になった場合、狭い日本では、道路は避難民でごった返すであろうが、その場合戦車はどうやって進むのか。避難民は踏み潰されるのか。このようなわけでまるで論理はつながらないのである。論理、否定の否定、弱みをつかむ連鎖、人間はそれによって判断し行動するのだが、それが拒否されている。神の、肯定の立場からすればとくにどうということはないが、現象の末端にいる人間としてはたまったものではない。
 それでも、国家の、民族の歴史は一続きなので、都合が悪いからといってそこだけ避けて通るわけにはいかない。文筆家はその題材を避けることができるが、国家全体は、国民一般は実際にその月日を踏んでいかなければならないのである。
 戦争に関わる歴史観については、戦勝国の論理に簡単に従う人も多い。勝った方や強い方についていれば有利なのは知れたことだが、さりとて木に竹を継ぐわけにもいかない。ナチスのように特別なものができてくればべつだが、日本の戦時の政権は正統の線上にある。
 不利だと思えばはいさよならと、これは売春婦の発想である。売春婦を差別しているわけではない。人類最古の職業といい、需要と供給のあるところそれを認めないのはむずかしい。麻薬や覚せい剤はこの無理をしている。心で感じる神の意思が。戦後、売春禁止法が行われたが、禁止されたのは管理売春であって、売春そのものではない。ドイツやオランダでは搾取のない公営の売春施設があり、もう一つの問題点、性病の防止という面でも充分に配慮されている。競馬をはじめとする公営ギャンブルと同じことだ。尊敬されるような立場ではないというだけだ。10年ぐらい前のことか。韓国が従軍慰安婦を言い立てていたころ、スリランカの国連代表部のなんとかいう女性が、旧日本軍を非難する声明を発表したことがあるが、そこには女らしい感情的要素が介在しているらしかった。国連代表でも大臣でも感情的なことを言うことはある。感情でなく、条理で説明してほしい。
 私の居住地は江戸時代を通じて津藩藤堂家の領地だったが、藩祖藤堂高虎は生涯に8人の主君に仕え、最後に徳川家康に仕えて35万石の大封を得たという経歴をもっている。しかしそのことで非難をこうむったとは聞いていない。人徳のいたすところであろう。子孫が長く続いたから遠慮ということもあるか。幕末京都での戦いに大砲を引いて参加したが、午前中は幕府側を砲撃し、昼からは朝廷側に撃ちこんで、京すずめが伊勢の二股侍と評判したとか、それぐらいのことはある。個人的変節は時と場合による。
 しかし、国家の、民族の歴史は差し替えることはできないし、国民を入れ替えるということも不可能である。第一そんな必要がない。不幸な戦争の3年8ヶ月も歴史の、それも重い一部分なのだ。東南アジアの植民地を解放したことは、この戦争の重要な一環である。
 感覚や感情に動かされがちな大衆的な人気に投じるのではなく、歴史現象の下にある、スピノザのいう実体に思い及ぶことで理解する深さが必要なのであろう。
 
 

作成者 竹島平兵衛 : 2012年4月6日(金) 09:53 [ コメント : 0]

2012年4月5日(木)

司令長官

 日露戦争直前のことである。戦争に備えて海軍も臨戦態勢になった。平時には、主に経費の問題として、海軍は常備艦隊という編成であったが、連合艦隊として編成されなおした。問題のひとつは人事にあった。順当な人事としては常備艦隊司令長官である日高壮之丞という人物が連合艦隊司令長官として横すべりするのであるが、ここに問題があった。
 日高は背が高く風采が立派であり、明晰で雄弁な人物で、能力的に問題はなかった。しかし海軍首脳が危ぶんだのは、日高には敵が多いということである。嫉んだり嫌ったりする人間が多い。嫉妬心に動かされた人間はばかげたことをするから、国家の重大事になにかあってはならない。よい悪いを言えば、嫉妬心に動かされる方が悪いのだが、なにかあってしくじってから言っても仕方がない。そこで舞鶴鎮守府司令長官であった東郷平八郎が抜擢された。東郷は小柄で寡黙、目立たない人物でありその上退官を控えていたからなかば過去の人であった。意外な人事であったが海軍首脳は彼を高く買っていた。
 ところで注意したいのは、この人事に日高が抵抗しなかったことである。彼は自分が海軍部内で人の反感を買っていることを知っていた。自分の欠点を率直に認めて、東郷に席を譲った。
 この戦争はこのようにして勝つべくして勝ったのである。日本海海戦の勝利は、有色人種の白人に対する最初の反撃として、世界史的な出来事であり東郷は有名人になったが、各国人と並ぶと、小さくて貧弱に見える。しかしそれがよかったのだ。
 ひるがえって日本の現状を見ると、たとえば昨年の大震災の後始末がある。瓦礫の処理は一割も進んでいないのだが、各地では放射能をきらって処理を分担しようとしない。処理場の灰だけの問題なのだが、痛みを分かとうとしない。断る権利はあるだろう。しかし国家社会はそれでは成り立たないのだ。日高は相手が悪いのに権利を引っ込めた。海軍の高官と庶民の違いはある。しかし、庶民だからそれでよいというものでもない。国家が隆盛に赴いている時代の人たちはこのようであった。

作成者 竹島平兵衛 : 2012年4月5日(木) 14:38 [ コメント : 0]

自 由

 自由といい、自由主義という、そこでは無批判に、自由というのがどういうことか吟味されることもなく、自由なのだからということで世間に受け入れられ支持されている。現在の日本でもリベラルというのは正統保守とは一線を劃して考えられているが、構造的にどういうことなのだろうか。
 議会政治、政党政治の最先進国であったイギリスでは、保守党の前身であるトーリーに対して、自由党はホイッグとして対立した。フランスでは保守派は王党というような名称をとった。一般にトーリーの支持者は貴族・地主・上層農民とされ、これに対してホイッグは商工業者に基盤を置いていた。フランスではブルジョワジーと呼ばれる市民がリベラルの支持者になった。
 彼ら市民は、財力を築いて社会的政治的に有力になったけれども、本来の統治階級ではないので、その存在は抗議者、批判者というアンチ何々という、否定の否定の性質をもった。現象的実務的にはその主張はしばしば妥当であったり正義の感情に訴えたりするものであったが、その行動と思想のもともとのエネルギーは、なんらかの不満を訴えているエゴにあった。洗練されたエゴの主張であった。
 その点で、リベラルは正統主義、保守主義とは異質の存在であった。たとえばチャールズ1世の王権神授説に見られるように、正統主義、保守主義の理念は神に、自然に根拠を置くもので、政治的責任者は心で神の声、自然の意思を尋ねるのであった。これは孤独な責任者の経験が教えるものであっただろう。その点リベラルは、最高責任者の周りで口々に要求を叫ぶ呼び声以上ではない。23
 最近のことでリベラル思考がぼろを出したことがある。鳩山元首相は、沖縄の普天間基地の移転問題で大失敗したが、これは反対運動に理解を示したり妥協したりすることが、民主的でよいことだというような、リベラルの雰囲気なり論理なりを鳩山氏が背負っていたからである。ことに当っては、責任者は心で神の意思を聞き、判断すべきもので、この場合反対を押して前政権の移転案を遂行すべきであった。福祉思想もだがリベラルも、もとはといえば正統主義から派生したものだ。

作成者 竹島平兵衛 : 2012年4月5日(木) 09:10 [ コメント : 0]

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 民主主義と科学を客観する
 危 険 文 書 か、竹 島 メ モ
 
 竹 島 平 兵 衛 著
  
 平成24年4月20日
 
 龍 汀 荘 刊

 三重県多気郡明和町前野764

  Tel 0596 55 2274

作成者 竹島平兵衛 : 2012年4月5日(木) 06:27 [ コメント : 0]

2012年4月4日(水)

消息通2

 私は先月80歳になった老人だから古いことをいうが、1930年代のノーベル文学賞受賞作家のトーマス・マンの有名な短編作品に『ヴェニスに死す』がある。主人公はトーマス・マン自身に重なっているが、母親がイタリア人で、実務一点でいられないロマンティックな気質の人間なのだ。
 作者はここで「鋼のような色の眼をした」人たちについて触れている。強い人たちである。実務的な生存競争に勝っていくのを身上としている現実的な生活人である。主人公は、一種の違和感をもってその人たちを見るのだが、彼らがそうしていられることに羨望の気持ちもある。よくああしていられたものだ。
 ノーベル文学賞は作家に与えられるもので作品に与えられるものではないが、『ブッデンブローグ一家』は彼の代表作であるから、もちろん対象になっていようが、リューベックの豪商の初代は堅忍不抜の商人で信仰など必要でなかったが、二代目となると心に信仰が入り込む。人が生活していくためには、いろいろな人と接触していくのだが、対立関係もある。ところが事情が分かると、対立者にもその立場があり、正当さ、言い分がある。それやこれやで自分の主張に自信がもてなくなってくるのである。迷いが生じ、神の導きが、信仰が必要になる。この小説の重点はこの代に置かれている。
 自己主張とはその本体は単なるエゴの主張ではないのか。概して日本人は自己主張が弱いと言われているが、これは日本人が神に、自然に親しいということの一つの現われであろう。利益と真実のはざまで日本人はより真実に親しいのである。
 いろいろな工夫がある。大阪船場の商家では女の子ができると喜ぶという。長じて婿をとりよい後継者となってくれるからである。裕福な商家では芸術家や学者に向いた息子ができやすいので、人を選ぶことができるだけ娘の方が有利なのである。
 自己主張はエゴの洗練されたものにすぎない。なにが神の、自然の意思であるかはそのときその場合ごとに感じ分けなければならないことだが、留意されてよいことではないかと思われる。

作成者 竹島平兵衛 : 2012年4月4日(水) 10:23 [ コメント : 0]
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